自己紹介

 淡水と海水の混ざりあう辺境で、日々を過ごす。



はじめまして。
私は、「mob・lab・material」という名義で画像素材等を作っています。
その際は、素材を使うユーザーのニーズを第一にしながら創作してきました。

この度、もう少し自分の創作性を出した作品を作ろうと思い、ブログを立ち上げました。

オリジナル要素の高い作品を作る際は「佳志優輝(かしゆうき)」という名義で活動します。
「佳志優輝(かしゆうき)」の名前の由来は、自分の好きな漢字をひたすら並べてみて、ネットの姓名診断で良さそうな組み合わせの字画だった事。中性的な名前にしたかった事が理由です。
今後は少しずつ、個人的な作品を増やしていく予定です。





いつもいつも、プロフィールを書こう!自己紹介しよう!と思いつつ、何も文章が思いつかないままでいました。
それには、ちょっと説明が長くなる理由がありました。


私は長年、気分変調症という病気を患っています。
気分変調症というのは、慢性的うつ病とも言います。
プロフィールをキレイな嘘でいくらでも造ろう事は出来ますが、この病気の事を省いてしまっては私の正確な自己紹介になりません。
何かひとつ隠せば、何かひとつ不自然さが浮かび上がるものです。


病気になりやすい生まれつきの特性と、後天的に衝撃的な出来事が重なると罹る病気らしいです。
自分でも治すために色々と調べたのですが特効薬はなく、原因もわかりません。
医療機関で様々な治療方法を試しましたが、特に良くなる事はありませんでした。
病気である時間が長すぎて、今では諦めのような、達観のような不思議な境地にいます。


幼少期は絵を描くのが好きで、絵で周りの人を楽しませるのが大好きでした。運動も好きでした。性格は人見知りが激しいものの、一度打ち解けると、とことん打ち解けるタイプだったような気がします。
今でも少し、その要素は残っています。


気分変調症になったのは小学校高学年(11~12歳)です。
この頃に私が在籍していたクラスは、完全に学級崩壊していました。
いじめ、いじり、機能しない教師、悪口、嘲笑い、無意味な派閥争い、依存と裏切りが跋扈する、最低最悪な教育環境でした。
そこで2年間、サバイバルしないといけない状況でした。


私にもともと病気の因子があった事に加えて、この最低最悪な環境下で、病気の種が萌芽したようです。
私が子供の頃は、世間一般からの子供へのメンタルヘルスなど、ほとんど目も向けられていないような時代でした。
この頃から、慢性的な疲れとうつ症状が続き、今まで好きだった運動が出来なくなりました。

中学は中学で、学級崩壊した小学校の面子が繰り上って来ただけの環境でした。
気分変調症は一見、愛想なく気だるそうにサボってるわがままな人間と誤解を受ける事が多かったのです。
何の事情も知らない中学教師からは「お前はずるい!」「周りは頑張ってるのに何でお前は頑張れないんだ!」「逃げるな!戦え!」と発破をかけられ続け、心の底からヘロヘロに疲れ切りました。

当時は理解してくれる教師もいなかった上に、潜在的に学校や教師というものに不信感を持っていました。私の両親は自営業で、ちょうど忙しい時期だったので、あまりフォローされずに放っておかれる事がありました。味方がゼロの状態でした。
この頃は、あまりにも環境が劣悪過ぎて、不登校になりました。
この時点では、まだ自分が気分変調症である事は知らないため、「自分ってとことんダメな奴なんだろうな」「私は人生の落伍者だ」などと思う事が多く、アイデンティティがぐちゃぐちゃに破壊されました。


その後は通信高校に進みました。当時の不登校児はかなり冷遇されていて、学校に通わなかったのは自己責任という風潮でした。私に選択肢などはなく、通信制高校の一択しか道がありませんでした。
それでも良い思い出のない狭い地元、学級崩壊の環境から少しでも離れられたからか、一時的に体調が良くなりました。

そこから頑張って、デザイン専門学校に入りました。
入学したのは、桑沢デザイン研究所という歴史の深い学校でした。学校というものにとことん縁が無かった私が唯一「学校って良いな」と感じた場所です。
渋谷NHKの真っ正面にあって、小高い山のてっぺんに建っている学校でした。
校舎ビルの上階に広い教室があり、よく合同授業を受けました。その時に、渋谷の繁華街側にあるガラス張りの壁から街を一望出来るのです。その景色は素晴らしく、忘れられません。私の人生の中のハイライトシーンです。


専科はビジュアルデザインでした。
授業の内容も、先生の話もクリエイティブでとても楽しかった。でもカリキュラムはけっこうスパルタ式で、毎日のように課題が出されました。
講師から呪文のように繰り返して教え込まれるのが「作品を“なんとなく”作るな」「必ず相手に伝わるようにコンセプトをしっかり固めなさい」でした。
クライアントに作品を採用してもらうための模擬プレゼンなどを徹底的に叩き込まれました。授業内容はけっこうハードでした。分野は紛うことなき商業デザインなので、良くも悪くもアートの要素はいらなかったのです

私は例のごとく、うっすらとしたうつ状態で、本来ならもっと楽しく真剣に過ごせたであろう環境を、最大限に堪能できなかったと振り返ります。
学級崩壊していた頃のような質の悪い人間は全くいないし、酷い環境も終わっていたはずなのに。
本当は友達になりたい人がたくさんいたのに、学生時代が過酷過ぎてすっかり人間が怖くなり、心に壁を作っていて、友達が一人も出来ませんでした。
別に誰の事も嫌ってなかったのに、惜しい事をしてしまいました。


苦戦しつつもなんとか卒業したのですが、やはりうつ状態が続き、併用してパニック障害になりました。
一番、就職時期として大切な時期を逃してしまいました。


その後も、病気が良くなってくると少し働き、すぐうつ状態になり職から離れる…という不安定な状態を繰り返していました。

クリニックに行って判明したのですが、発達障害のグレーゾーンだったらしいです。
昔から薄々と心当たりがあったので、意外と驚きませんでした。
担当医師曰く、「発達障害(多動性)の要素があるが、自己努力で補えている。」のだそうです。
要は、援助もされなければ理解もされない上に治らない。それはそれで、けっこうキツイ状況なのですが…。


悔しいのですが、せっかく良い環境でデザインを学べたのに、そのキャリアを一切活かせない日々を送りました。
残念ながら、商業デザインのスキルは死んだスキルになってしまいました。


その後、家の自営業を手伝いながら、アマチュアとして数年前までけっこう本気で漫画を描いていました。完成原稿で数百ページは描いていましたね。
漫画を描いて公開すると、誰かしら楽しんでくれるのが嬉しかった事と、一種の現実逃避でした。
多動性の性質なのか、何かに没頭して超絶過集中している間は現状や過去を全て忘れられる上に、悶々とした嫌な気持ちをエンタメに昇華できるので、自分にできる事でこれ以上の事はないと思っていました。


しかしここ数年前、本当に乗り越えられない・受け入れられないほどのショックな出来事があり、重い二重うつになっていました。何も出来ない状態で、常に布団に力なく寝そべることしかできませんでした。
唯一出来たのが、スマホからの動画観賞です。


動かない身体で指と眼球だけ動かしながら、のめり込むように見ていました。
しだいに、動画制作に協力できるような素材を作ってみたいと思うようになりました。
その時に着けたペンネームが「mob・labo・material」です。
モブキャラをひたすら作って、自己主張を一切せずに黒子(くろこ)に徹して素材提供していこうという気持ちで着けた名前です。

その頃、二重うつでも出来る作業を考えていました。
なんとか出来たのが、シルエット画像の制作です。布団オンリー生活から抜け出す第一歩でした。
本当、動画文化がなかったら辛い日々しかなかったと思います。

動画文化の中でも、数年前の当時は合成音声ソフトの新技術や進化が目覚ましく、そこに集まって物を創る人達の活動を見て、感化されました。
面白い事がどんどん起こっている!その片隅に居合わせられる!という楽しみで、ワクワクドキドキしました。

今では徐々に、出来る事が増えて行きました。少しずつですが、絵も描ける状態になりました。
それでも未だに、うつ症状、パニック障害は残っています。



こんな感じなので、いくらプロフィールを書こうとしても、今の私が置かれた状態は説明がかなり難しいのです。

例えて言えば、実質的な社会生活が海、家にこもるのが川なら、今の私は海水と淡水が入り混ざる汽水域(きすいいき)にいるような感覚です。

汽水域は独特な環境下で、珍しい生物が繁殖したり希少動物の住みかだったりと、面白い事が起こりやすい場所でもあります。

これから動画や漫画や絵など、創作活動を進めて行きます。
主な活動範囲・生息地は、こちらのブログになります。(Bloggerってかなり編集しやすくて使いやすい。言語も外国語に簡単に変えられるしグローバルで良い。)

個人的に、どうしてもSNSというものが使いこなせません。私には色々と高度過ぎる。
SNSは玄関前、ブログは居間のような感覚で使おうと思います。そんな感じで、ゆるく続けたら良いなと思っています。

長々とかなり個人的な事を書いてしまいましたが、私の事情など、100%も理解しなくても良いのです。
50%でも、30%でも、10%でも、1%でも、全く構いません。

広い世の中、こんな奴もいるんだなくらいのノリで、なんとな~く暇潰しで楽しんでください。

もうすぐ漫画が完成します。

  もうすぐ漫画が完成します!想像以上に、 仕上げ作業に手間がかかっている。 2018年くらいまで、 趣味で完成原稿を数百ページ規模で描いていましたが、 体調を崩して治療していたのでドロップアウトしていました。 振り返れば、7年ぶりに漫画を描きました。 少ないページ数なのに、もの...